実家との近居があったから、
3人の子どもを育てながら復職・起業できました。
篠田花子さん
- 株式会社ジオコス 取締役/ヒトノネ 代表
プロフィール
1982年生まれ、岐阜県岐阜市出身。南山大学外国語学部を卒業し、2004年株式会社ジオコスに入社。2018年、取締役に就任。同年、ヒトノネを創立。企業の採用支援・広報物のディレクター、コピーライターとして従事。大手企業から中小零細企業、学校、自治体まで、およそ 300 社・団体ほどの広告、企業バンフレット、採用広報、Web サイト、会社・採用 PR 映像などの制作に携わる。
名古屋から電車で25分、岐阜県の県庁所在地である岐阜市。
毎年5月から10月に開催される長良川鵜飼の時期には世界中から多くの観光客が訪れるまちです。
岐阜県岐阜市で育った篠田花子さんは育児休業中に東京での待機児童問題に直面したのを期に、岐阜市へUターン移住。現在は以前から勤めていた企業で取締役として活躍しながら民間児童/アフタースクール「ヒトノネ」の運営をする篠田さんにお話をうかがいました。
移住前はどこでどのようなことをしていましたか?
東京で会社員として働いていました。移住前はちょうど第一子を出産して育児休業中でした。
移住のきっかけは何ですか?
第一子の保育園を探した時に希望の保育園に「120人待ち」と言われ、東京で仕事復帰は難しいのでは?と感じたことごきっかけです。夫も忙しい中のワンオペ育児だったので、仕事と育児の両立をやっていけるかなという不安もありました。
移住の決め手は何ですか?
実家が近くにあったこと、希望の保育園にすぐに入れそうな点です。また、名古屋本社の会社だったので、異動希望をだしてそれが叶ったので戻ることができました。夫もちょうど起業したばかりで、場所を問わず仕事ができたのも決め手のひとつです。
どのようなプロセスで移住しましたか?
保育園の申込時期の11月までに住所を異動しました。最初の頃は実家にお世話になり、その後、家族で住む家を決めました。
利用した支援制度や補助金はありますか?またどのように情報を入手されましたか?
補助金などは特にありません。保育園情報はネットなどで調べました。
移住してまずはじめにしたことは何ですか?
児童館などへ行き、子育て情報を調べたり、会社に働き方の交渉をしました。名古屋まで通うのが大変だったので、在宅勤務にしてもらいました。
現在はどんな仕事をされていますか?
元々働いていた会社の役員をしながら、自分で民間の学童保育を立ち上げました。
▲【ヒトノネ】岐阜市の民間学童/アフタースクールの様子
どんなときに岐阜に移住してよかったと思いますか?
親が近くにいて助けてもらうことです。
地域とのつながりはありますか?
今年からPTAの役員をやりますし、子どもの関係で地域の役目はいろいろあります。
岐阜に移住して驚いたことはありますか?
働いている女性は多いのに、管理職や経営者の比率が少ないことです。
▲ヒトノネが岐阜県主催「ぎふ女のすぐれもの認定事業」に選ばれました
住んでいる地域の魅力を教えてください。
車で10分いけば緑豊かな山の中にもいけるし、駅前や柳ヶ瀬の街の中にもいける、バスもたくさん通っている、とても利便性の良いところです。
お気に入りの場所があれば、好きな理由とともに教えてください。
長良川と金華山
景色がとてもきれいです。
岐阜のお気に入りの食べ物を教えてください。
鮎の塩焼き
岐阜で好きな季節はいつですか?
5月 山の新緑がきれいです。
休日はどのように過ごされていますか?
子どもたちと公園に行ったり、家事をしたりしています。同級生がネイルをしにきてくれます。
移住を検討されている方に一言お願いします。
子どもにとっては自然環境に触れる機会もたくさんあって、とてもいおすすめの場所です。