【公式】岐阜県への移住・定住ポータルサイト 佐藤大輔さん |移住者インタビュー|ふふふぎふ|岐阜県 岐阜県

interview

「これだ!」と心が動いたら、
まずは地域に飛び込む勢いも大事。

佐藤大輔さん

- 林業 自営業

プロフィール

1974年生まれ、奈良県出身。前職の林業での経験を生かして、岐阜県恵那市に移住後も森林組合に就職。現在は独立し間伐や伐採、時にはNPO夕立山森林塾も代表としてチェンソーの講習会も計画するなどして活躍している。移住の成功の秘訣は「自分たちから積極的に地域に溶け込む努力」だと話す。

恵那市は岐阜県南東部に位置し、紅葉の景勝地として有名な恵那峡があるまちです。大阪府で生まれ奈良県で育った佐藤大輔さんは、世の中に移住・定住という言葉すら無かった時代に岐阜県恵那市へ移住を決意。「計画的というよりは、大きな流れにのったようにトントンと決まりました。」と話す佐藤さんにお話を伺いました。

移住前はどこでどのようなことをしていましたか?

奈良県で林業に就いていました。森林組合です。

移住のきっかけは何ですか?

導かれる夢を見ました。

移住の決め手は何ですか?

人のご縁だと思います。

どのようなプロセスで移住しましたか?

計画的というよりは、大きな流れにのったようにトントンと決まりました。22歳の時はフリーだったので、フットワークも軽かったです。

利用した支援制度や補助金はありますか?またどのように情報を入手されましたか?

当時は、移住・定住という言葉もなかったので、自力といえば自力、流れに任せるまま移住しました。今の移住希望の方々は手とり足とりサポートしてもらえて、いろんな制度が活用できて、うらやましい限りです。

移住してまずはじめにしたことは何ですか?

移住先の森林組合に就職し、7年ほど勤務して独立しました。2021年2月で丸12年になります。

現在はどんな仕事をされていますか?

3~4人の複数名による間伐作業や伐採の下見、元請けとの打ち合わせなどです。NPO夕立山森林塾も代表としてチェンソーの講習会も計画したりします。

仕事はどのように見つけましたか?

NPO活動で知り合った山主さんに、独立したタイミングで間伐の仕事を依頼されたのがきっかけでした。あとは口コミで自然と広がりました。

どんなときに岐阜に移住してよかったと思いますか?

住めば都とはよくいったもので、人のご縁と土地のご縁があると思います。恵那市が移住定住を推進したおかげで、移住者仲間に恵まれていることです。

地域とのつながりはありますか?

NPO活動で地域のとまちづくりに関わる仕事に携わったため、顔を覚えてもらえました。私自身も積極的に地域の役を受けるように意識していましたね。

岐阜に移住して驚いたことはありますか?

ヘボ(蜂の子)を食べる文化です……。

住んでいる地域の魅力を教えてください。

市街地に近くても農村景観があること
山や田畑が広がっているのに、車や電車などの交通網が充実している

お気に入りの場所があれば、好きな理由とともに教えてください。

笠置山です。山頂付近に大きな岩が突き出た、恵那市を一望できるスポットがあります。心身が疲れたときにリセットできる場所としてもおすすめです。
また古代遺跡が周辺に点在し、恵那市のパワースポットとも言われています。

岐阜のお気に入りの食べ物を教えてください。

五平餅!お店や各家庭で、タレの味が全然違っていて。食べくらべが楽しいです。

岐阜で好きな季節はいつですか?理由と合わせてご記入ください。

春、新緑のころ、桜の咲くころですね。
秋の紅葉するころもいい。冬の広葉樹の葉が落ちた木々の枝に、雪がついた景色はハッとする美しさです。

休日はどのように過ごされていますか?

家族で過ごしたり、家の周りの手入れをしたり。温泉に行くこともあります。

子育ての環境はいかがですか?

都会と比べて、のびのびと育てやすいと思います。ただ、核家族では地域の行事や子ども関係の行事などで週末もゆっくり休んでいられないほど忙しい時があります。

移住を検討されている方に一言お願いします。

移住は、生きるスタイル転換の一大決心です。じっくり考えてリサーチもしつつ「これだ!」と心が動いたら、少々のことはともかくまずは地域に飛び込んでみるのも大事かと思います。また、自分たちから積極的に地域に溶け込む努力も重要です。

出身地と岐阜を比べた場合、どんな違いがありますか?

大阪のベッドタウンである奈良郊外の開発された地域で育ちました。そこにも里山は広がっていましたので、似た環境だったのかもしれません、今思えば。気候は恵那の方が、少しだけ寒い感じがします。